万年初心者エンジニアが逆境を乗り越えられた理由!越えられない壁はない!

みなさん、こんにちは。

前回はメンタルをやられた話をしましたが、
今回はそれをどうやって乗り越えていったのかを話そうと思います。

正確に言うと、闇の記憶を完全に打ち消せたとは言い難いのですが、
それでもダークサイドから立ち直って再び戦場に赴くきっかけになったことは事実なので、
これからご紹介していきます!

まず簡単にどんなことをしたかというと・・・

  • このタイミングを逃したらもうできないことをやる
  • かつて挑戦して中途半端に終わったものに再チャレンジする
  • 面白かった、好きだったものをやり直す

ただ闇雲に、何となく関心があったり未経験のことに手を出していくのではなく、

やらなくて後悔していたこと、後ろ髪引かれていたことに挑戦することで、
本当に自分がやりたかったこと、なりたかったものを再確認する機会にしたかったのです

今回はエンジニア的な話からはちょっと外れますが、
最後までお付き合いいただけましたら幸いです(^o^)V

目次

逆境から俺の背中を押してくれたこと

一人旅(黎明編)

リフレッシュできたという点では、おそらくこれが一番大きいです。

大学卒業するまで海外はおろか飛行機にすら乗ったことのなかった僕でしたが、
外国の文化や歴史に対する強い関心はとても強く、いつかは海外を旅してみたいという願望を持ち続けていました。

大学の終盤から国際交流の活動をするようになり、韓国や中国などアジア圏の人々と繋がりができ、
自然と近隣のアジア諸国へ行ったみたいという気持ちが強まっていきました。

社会人になってから、慢性の金欠状態により渡航費の捻出が厳しかったですが、
シーズンオフに格安航空券を利用して1都市を短期集中型で周遊するというスタイルで、
ソウルや北京、上海、香港、台湾、バンコクなどを一人で旅しました。

当然、ツアーは利用せず航空券だけ購入しての個人旅行
出発前日までに地球の歩き方を熟読して、丸一日詰め込み型のスケジュールを設定し、
宿は格安ホステル、移動は現地のバス、食事はローカル食堂で済ませました。

言葉については、ある程度英語ができるので簡単なコミュニケーションは大丈夫でしたが、
現地の言葉で会話したほうが旅してる感覚がより強く湧くことに気づき、
よく行く韓国と中国(北京語)の言葉を勉強し始めました。

韓国語は文法と語彙、中国語は漢字という共通点があるため、
簡単な挨拶と状況説明ができる程度の習得はそれほど難しくはありませんでした。
習得度が深まるにつれ、ますます海外に出たい気持ちが強くなったのは言うまでもありません。

こうした感じで、仕事を辞めたタイミングなどで定期的に海外旅行していましたが、
短期間の旅行では満たされなくなってきたのです。

もっと長く、最低でも1ヶ月は旅していたい

気持ちだけは強かったですが、旅費、不在中の家賃などを考えるとため息しか出ません。
それに、育休でもない限り、そんなに長い間休みをくれる会社なんてあり得ませんでした。

しかし、今行かないともう二度とチャンスは巡ってこない気がする
お金はギリギリだけどなんとかなりそうだし、
何より当時の勤務先の上司とウマが合わずストレスが相当溜まっていた。

仕事を辞めることを伝える前に、航空券を予約していました
5月のゴールデンウィーク明けで、価格的にも季節的にもベストだったのです。

一人旅(中国編)

行き先は中国。
北京からスタートし、西安、成都、重慶、上海、広州、香港とS字型に巡るルートで、
最後に一旦帰国してその足で台湾に飛ぶという計画でした。

正確には1ヶ月とちょっとで、憧れだった三国志ゆかりの地を巡ることをテーマに、
スケジュールを考えるのが楽しくて仕方ありませんでした。
仕事は辛かったですが、こうして逃げ道を作ることで耐えられたんだと思います。

この中国旅行は大成功でした。
迫力ある史跡、歴史的な街並み、おいしい食事、人懐っこい中国人、すべてが感動。
メッセンジャーで知り合った中国人にも親切にしてもらい、忘れられない体験になりました。

帰ってきてから貯金が枯渇しかけて地獄でしたが(*´Д`)=3

この旅ですっかり中国の魅力にハマってしまった僕。
まだまだ行ってみたい都市や史跡はたくさんあります。
他の諸外国よりも、中国を知りたいという気持ちが上回っていました。

次回の旅も行き先は中国しか考えられなかったので、
言葉をより確実にしたいとの気持ちから地元の中国語教室に通い始めました。
北京出身の先生で、発音が上手だと褒められました。身が入らないわけがありません。

そんな中、教室で語学留学を斡旋していると聞き、途端に興味が引かれます。
この時、また今やらないともう二度とできないとの直感が身体中を走りました。

やるしかない

そう思った瞬間、頭の中が自然と回り始めました。

予算を考えて期間は2ヶ月とし、1ヶ月を留学、残りを一人旅に当てることに。
今回は帰ってきてからの貯金の計算をして、
次の仕事もスムーズにつなげられるよう手配したので出発前の不安は軽かったです。

留学先は大連。
日本に近くて気候も良く、反日感情も薄いという理由で決めました。

しかし、留学というスタイルは僕には合わなかったようで、1ヶ月たたないうちに学校を後にしました。
授業を受けても頭に入って来ず、結局日本人同士でつるんでしまうため、
語学力が向上しているかどうか掴むことが難しいと気づきました。
それに、檻の中に入れられている気がして、日本にいるのと変わらない窮屈感しかありません。

やはり一人旅が性に合っている

本来、自分自身の冒険心や探究心を満たすために外国に来ているのだし、
そもそも語学は学校でも学べるが、実地で現地人とやり取りしたほうが度胸も身につく。
聞き取れないとストレスは大きいけど、意思疎通できた時の高揚感はそれ以上。

学校を出た後、ハルピンまで北上し、北京、西安、洛陽、鄭州、済南、天津と回って、
北京から大連まで戻ってくる旅で、今回は「人と会う」ことがテーマでした。

瀋陽で語学学校の先生の知り合い、西安で前回の旅で知り合った友人、
鄭州で大連の学校で知り合った中国人学生の友人、山東省では前回の旅で知り合った友人。

皆とても親切で、至れり尽くせりの歓待ぶり。
特に山東省では、羊一匹を解体してくれたのにはたまげました。
日本にもおもてなしの精神はありますが、中国の客人をもてなす精神も素晴らしいです。

今回の旅ではもちろん各地の名所旧跡は見て回りましたが、
それ以上に、人との出会いの素晴らしさを実感したと思います。
帰国してからまもなく仕事に就きましたが、何となく日本での生活が空疎に感じられ、
その満たされない気持ちがさらなる未知の国への好奇心を強くしたのでした。

一人旅(東南アジア編)

次に長期旅行するのは中国ではない別の国にすると決めていました。
それも、一国だけでなく、複数の国を周遊するスタイル。
僕はそれまで陸路で国境を越える旅をしたことがなかったので憧れていたのです。

ターゲットは東南アジアに絞っていました。
数多くの旅行者が訪れるほど見どころが多いし、治安も悪くなく、何より物価が安い。
短期間で多くの国を巡れるので格好の旅行先でした。

まだ航空券を買ってない段階で、地球の歩き方の「東南アジア」を熟読していて、
大方のルートは決めていました。あとはいつ行くか。
東南アジアは雨季と乾季があるため雨季は避け、乾期(11月から3月)に定めました。

今回も仕事は短期派遣の合間を縫う形とし、2月出発に決定。
それまでにバックパック、コンセントのアダプター、地味に活躍する100均グッズを購入、
また感染症が怖いので掛け捨ての旅行保険にも加入しました。

ルートは香港からスタートし、中国南部、ベトナム、カンボジア、
ラオス、タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア。
(最終的にインドネシアには行かず、ベトナム経由で帰国しました)

このルートはバックパッカー旅の定番だったので、本当のたくさんの旅行者に出会いました。
特に学生が多く、日本人外国人問わず、一度別れても後に再会することが多かったです。
行き先が同じだと道連れになり、一緒に行動することもよくありました。

島国である日本に住んでいると実感しづらいのですが、
地続きの国境を自分の足で越えることは、やはり感慨深いです。
感動もある一方、国境をめぐって紛争が後を絶たないことを思いが至ります。
日本も領土問題を抱えていますが、
本来国境は「せーの」で飛び越えられるほど軽いものではないと内省した次第です。

一番感激した観光地は間違いなくカンボジアのアンコールワット。
ですが、タイ北部のいわゆる首長族が居住するエリアに立ち寄ったことも印象的でした。

彼らはカヤン族といい、女性が首輪をつけて首を長く見せていることで有名。
彼らの村を訪れた際にそんな彼らと話をする機会がありました。
ミャンマーからの難民とのことで、今は集落を訪れる観光客からのお金を必要としているが、
大学に行って経済の勉強をしたいなど、かなり真剣に将来を考えていました。

途端に、見たいものを見、食べたいものを食べる旅をしている僕自身が恥ずかしくなりました。

今までいかに適当な気持ちで重い責任も負わず、現実から逃げ続けているかに気づき、
平和な日本でなんとなくでも生活できていることがいかに大切なことかを知りました。

当初の目的を果たした以上に、本当に学びの多い旅でした。

一人旅(ヨーロッパ編)

いつか絶対行きたいけど、ずっと敬遠してきたヨーロッパ。
渡航費や物価はもちろん、東南アジアで長期滞在の醍醐味を知ってしまったため、
短期旅行は考えられず日程を捻出できず、タイミングを逃しまくっていました。

このようにハードルの高かったヨーロッパですが、
一念発起して腰を上げられたのは、やはり現場で打ちのめされた衝撃が大きかったから
変な言い方ですが、この反動がなければヨーロッパ一人旅は実現しなかったでしょう。

超有名ゲーム制作会社をドロップアウトした僕は、
帰宅するその足で旅行代理店へと向かい、60日間有効の往復航空券を購入していました。
ロンドンIN、パリOUT
行程は以前からシミュレーション済みだったので、あとは買うだけという状態だったのです。

そして、満を持してテイクオフ!

飛行機でロンドンに到着し、地下鉄で街にたどり着いた時の感動は得も言えぬものでした。
憧れだったヨーロッパ的な家並み、石畳の歩道、ロータリーを回る欧州車。
制服を着た子どもたちがハリー・ポッターのキャラに見えて、一気に世界観に引き込まれました。

5月初めのロンドンはまだ少しひんやりしてて、やや風邪気味でのスタートとなりましたが、
ドーバー海峡を渡り、オランダ、ドイツを経て、東欧諸国を巡っているうちに気温も上昇。
イタリアに入る頃には風邪もすっかり完治し、最終目的地のパリも最高の気分で満喫できました。

どこを見ても美しい街並み、親切に助けてくれた人たち、旅情あふれる車窓の景色。
きれいな観光地しか行かなかったので、感激するのも当然と言えば当然です。

やはり、憧れで終わらせなかったことは大きい

オランダの風車、ウィーンの王宮、ローマのコロッセオ、ロマンチック街道、パリの目抜き通り……
すべてが最高でしたが、いまでも視覚的にはっきりと印象に残っているのは、
ミュンヘンからヴェネチアに向かうバスの車窓から見た山岳地帯の景色でした。

ガイドブックや旅番組などで嫌というほど目に焼き付けたヨーロッパでしたが、
実際に歩きながら見ることで、思いも寄らなかった着目点に気づいたことで、
自分の感性を改めて再確認できた旅となりました。

まとめ:したいことするために仕事しよう

これに関しては完全に価値観の問題なのですが、
やはり自分自身の原動力となるものは大切にしましょうと言いたいです。

その原動力とは何かは人それぞれだし、仕事そのものが生きがいという人もいるでしょう。
僕がいつも思っていることは、いまの仕事がなくなったり解雇されたらどうするのかということ。
つまり、突然奈落の底に突き落とされたらどうやってリカバリーするかを考えておかねばならない。

そのときパニックにならず冷静に対処できるかがカギになってくるわけですが、
最低限の心理状態として、手詰まり感に陥らない「余裕」を持っておきたい。
有事の際の手札はいくつあっても足りないことはないのです。

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この記事を書いた人

IT業界に10年以上身を置いているエンジニアですが、いつまでたっても万年初心者。そんな僕が体得した、この業界を泳ぎわたる術をお伝えすることで、駆け出しエンジニアの方の後押しができたらと思います。
好きなこと:旅行(元バックパッカー)、楽器(ギター、ピアノ)、映画(ミュージカル系)、読書(ノンフィクション系)、プロレス観戦、東京タワー観察

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